バライロガモ

バライロガモ

  • バライロガモ

    ピンク色の頭を持つ変わった容姿のカモだが、かつてはアヒルの原種と同じ仲間に含まれていた事がある、現在はバライロガモの一種でバライロガモ属を構成する貴重な鳥だが絶滅してしまった。
    バライロガモはインドのガンジス川北部の広大な湿原でや背の高い草の生えた沼やジャングル内の池などに普段は単独で生活していた、オシドリのように木の枝に止まったり水の中に潜ったりする習性はない。
    四月ごろに繁殖期に入りこの時期にだけ番を作る、番は池の周りの茂みの中に営巣する、巣は上手に隠されており中々発見する事はできない様になっている、産み落とされる卵は純白か黄色で美しく球状だった、1回の産卵で5個から10個の卵を、何日で孵化するかなどは全く解っていない、バライロガモが棲息していた湿地には、トラやワニがウヨウヨいるような危険な地域であったが、そういう動物が周囲に侵入者を近づけなかった、そりような地域であったことから人間が入り込んでくるのも遅かった。

    美しいバライロガモはこうした人気のない奥地でこっそり暮らしていたが、やがて人間が姿を現すようになった、バライロガモが棲息していた湿地は水田などに利用しやすい土地であり、水は人の生活には欠かせないものである。ところが其処に住み始めた人間は穀物の栽培だけでなく、銃を使って狩りもするようになった、カモは味もよく食用とされた、バライロガモはカルカッタの市場で売られるようになった。

    動物は金銭的な価値が生まれると途端に激減する、そこいらの野生の鳥の肉や羽毛が金を生み出すのだから、とにかく獲って儲けようという魂胆が生まれるのである、バライロガモも例外ではなかった訳で、乱獲される前の個体数は不明だが、限られた範囲にしかない湿地が棲息地なのだから元々数が多いという訳ではないに違いない、それが銃を使った狩猟の餌食になったのだから個体数はたちまち激減してしまった。

    人間が最後に野生のバライロガモを見たり泣き声を聞いたりしたのは1935年の事であった、ヨーロッパの動物園にはまだ数羽が飼育されていたが、第二次世界大戦が始まると戦乱の中で所在が解らなくなってしまい、1940年代に絶滅した。


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