カンムリツクシガモ

カンムリツクシガモ

  • カンムリツクシガモ世界中に標本が3点しか残っていないもっとも珍奇な種の一つである、オスにもメスにも頭部に緑色を帯びた黒色の長い冠羽があるのが大きな特徴である。
    かつては各地に生息していたようだが、もともと数が少なかったらしい、というのは日本の古い絵画に登場したことがあったからで、一つは1780年から1800年頃の鳥の写生画で、正確にオスメスが描かれている、これは島津重豪が描かせたものであり、そのカンムリツクシガモは中国からの輸入品であろうと記してある。
    1794年に出版された堀田正敦「観文禽譜」にはチョウセンオシドリとして雌雄が描かれており、これまたかなり正確なものである。
    また1939年に開かれた動物学大会に動物学者の矢野宗幹氏が、文政5年に描かれたカンムリツクシガモの雌雄の絵を出品した、そしてこれは北海道函館近くで湯川で、その年の10月に捕獲された雌雄で、よほど珍しかったのか、翌年の9月8日に将軍家に進ぜられたという記事を報告している。
    もっとも古い標本は、1877年4月にF.irmingerがウラジオストック付近で採集したメスで、一時これはヨシガモとアカツクシガモとの雑種ではないかとの説が生まれた、この評価は現在コペンハーゲン博物館に所蔵されている。
    2番目は韓国の洛東江下流で採集され、プサンの標本店にあったメスである、1917年これを入手した黒田長礼が、新属新種の鳥として鳥学会誌「鳥」に発表した。
    3番目は1913年あるいは1914年に中村再造氏が、韓国の錦江の江景と群山府の中間にある州の上で採集したした2羽のカモのうちのオスである、2番目と3番目の標本は命名者の黒田長礼氏が所蔵していた。
    その後、発見の確実な記録はない、絶滅の原因はおそらく狩猟により少しずつ減少していたものが、開発などの他の圧力が加わり、いつのまにか消滅してしまったものらしい、伝聞によれば上記の記録以外にも、北京付近で中国人が捕獲したとか、中国東北部で日本人が3羽も採集したとか、韓国でハンターが撃ったとか言う、こうした無意識の行為がカンムリツクシガモを絶滅に導いたのかもしれない。
    1964年5月16日、ソ連の学者がウラジオストック付近のリムスキーコルサコフ諸島で3羽見たと報告している、人里離れた土地などに、この種がまだ生き残っているチャンスがあるのかもしれない。


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